桐島聡の事件は、長い間謎に包まれていたが、彼自身による衝撃的な告白で再び世間の注目を集めています。桐島聡容疑者の自白、そして末期がんという病状が、この事件に新たな展開をもたらしています。
そもそも桐島聡容疑者が何をしたのか?50年前の事件ということで時効があるのか、今頃になって自白した理由は何なのでしょうか。
この記事では、桐島聡容疑者の法的な時効、彼がなぜ今自白したのか、そして彼の現在の健康状態について見ていきます。
桐島聡は何をした?
桐島聡容疑者は、1970年代に連続企業爆破事件を引き起こした過激派組織「東アジア反日武装戦線」のメンバー。
桐島聡容疑者が関与したとされる事件は、1975年4月に東京・銀座の韓国産業経済研究所の入り口ドアに手製爆弾を仕掛け、爆発させた事件の犯人とされています。この事件は、三菱重工ビルや大手商社などを標的にした一連の爆破事件の一つで、過激派組織は「東アジア反日武装戦線」と名乗り、犯行声明を出しました。
桐島聡容疑者は東アジア反日武装戦線のメンバーの中で、一度も逮捕されていない唯一のメンバーです。
桐島聡の時効は?
桐島聡の時効は、2010年に改正された刑事訴訟法によって、停止されています 。
刑事訴訟法は、2005年にも改正されており、その際には、爆発物取締罰則違反の時効は15年から25年に延長されました 。桐島聡容疑者の事件は、1975年4月に起きたので、2005年の改正前には時効が成立していましたが、2005年の改正後には時効が再開されました 。
そして、2010年の改正では、殺人や爆発物取締罰則違反などの重大犯罪については、時効が停止されることになりました 。つまり、桐島聡容疑者の事件については、時効が成立していないのです。
桐島聡が自白した理由は何?
桐島聡がなぜこの時期に自白を決意したのかには、複数の理由が考えられます。
彼の健康状態、特に末期がんと診断されたことが大きな要因の一つです。余命が限られている中で、彼は自身の過去と向き合い、真実を明らかにすることを選んだのかもしれません。
また、長年の罪の重圧や家族への思いなど、精神的な要因も影響している可能性があります。
末期がんだから最期に名乗ったのか
— SMILE (@RPT_SMILE) January 26, 2024
【桐島聡】潜伏先はどこだった?
桐島聡容疑者は現在、神奈川県内の病院に入院しています。
しかし、50年近く逃亡しつづけることができたということで、潜伏先はどこだったのでしょうか。
こちらについてはまだ明らかになっておらず、今後警察の捜査で明らかになっていくことでしょう。
しかし、病院に入院することができたということは、普通の生活がおくれていたということで、おそらく協力者がいたのでしょう。
まとめ
桐島聡容疑者の自白は、多くの人々に衝撃を与えています。
桐島聡容疑者は1970年代の連続企業爆破事件を起こした「東アジア反日武装戦線」のメンバーで、時効はありません。
自白の理由は自身の健康状態が大きく関係していると思われます。
現在、末期がんの治療中とのことですが、余命についてはわかっていません。
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